架空戦記、西亜作戦
イタリアはリビアを植民地としアビシニア(今のエチオピア)を1936年に占領、次はその間のイギリス領エジプトと同じくイギリス領スーダンを占領しようとした。
しかし、エジプトにはイギリスにとって最重要拠点、スエズ運河がある。
イギリス軍は絶対堅守で防衛し、逆にイタリア領リビアを占領しイタリアを降伏させた。
そこでイタリアの同盟国のドイツは1941年2月にドイツアフリカ軍団の最高指揮官にエルヴィン・ロンメルを任命しリビアのトリポリに派遣した。
日独伊三国同盟は1940年9月27日だから、既にイタリア、ドイツ、日本は同盟関係だが、アビシニア(今のエチオピア)がイタリア領なら、インド洋作戦でスエズ運河占領、可能性あったな。
1941年11月15日、開戦3週間前の大本営政府連絡会議で西亜作戦が腹案されていた。
西亜作戦
ロンメルの北アフリカ戦線とインド洋からの日本がイギリスを挟撃する作戦だが、調べると、たられば、なんで、成功しただろう、やはり無駄、と賛否両論、色んな意見がある。
しかし、日独伊三国同盟を上手く活用した、なかなか良い計画のような気がする。
たられば
そう、現実は日本は真っ先に真珠湾に奇襲攻撃仕掛け、アメリカ参戦させ開戦と同時に終了(したも同じ)。
開戦と同時に終了してんだから、西亜作戦だけだったら、と、考えても色んな可能性が考えられるし、もはや仮想戦記だな。
山本五十六を少し調べると真珠湾への攻撃の構想が前々からあったらしく、映画「アルキメデスの大戦」でも館ひろし演じる山本五十六が
「空母を作って航空機でハワイ、真珠湾を叩く。」
とか、言って國村隼演じる永野修身が唖然とする場面があったが。この映画は1933年の設定らしい。
現実も戦艦大和建造計画のマル3計画は1937年からだから、山本五十六は真珠湾への攻撃を数年は温めていたのか。
真珠湾攻撃は絶対的な日本の運命か(泣)
日本は真珠湾攻撃と同時に南方作戦でイギリス領マレー、ビルマ、香港にも進軍し占領している。後々、ビルマからインドにも。
香港、ビルマは日中戦争からの継続、援蒋ルート遮断。
インドは独立運動と呼応。
と、合理的だからイギリス領の方向の作戦は建設的で良いと思える。
しかも、ハワイと違い、建設的な島もあった。
セイロン島
チャーチル首相が
「今、日本がセイロン島と東部インドからさらに西部インドへ前進してくれば対抗できない。
蒋介石支援ルート、ペルシャ湾経由の石油輸送ルートやソ連支援ルートが遮断される。」
とアメリカに牽制行動をとるよう切望したそうな。
独ソ戦でソ連への支援もインド洋経由でやってたのだからイギリスの疲弊度はかなりのものだったんだな。
チャーチル首相は「第二次大戦回顧録」というのを書いてくれてるから、心境が分かり、ありがたい。
セイロン島は今のスリランカでインドの南東に寄り添うようにある島だが、イギリスの軍事拠点があるシンガポールのような要所だった。
やっぱり焦ったんだな、イギリスは。
1942年4月5日~9日のセイロン島を巡るセイロン沖海戦で南雲忠一の南雲機動部隊の空母、赤城、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴がセイロン島の軍事拠点、コロンボ基地とトリンコマリー軍港を空襲し、イギリスの空母ハーミーズ、重巡洋艦コーンウォール、重巡洋艦ドーセットシャー、駆逐艦ヴァンパイアを撃沈している。
小沢治三郎の馬来部隊はベンガル湾で商船20隻以上を撃沈と通商破壊も成功している。
そしてイギリス東洋艦隊はインド洋から去りアフリカ大陸の南半球、マダガスカル島まで退却。
しかし、勝った日本もインド洋から撤退した。
元々、海軍は陸軍の補助役のインド洋より真珠湾奇襲攻撃の成功から海軍独自の太平洋に侵攻したがっていた。
セイロン沖海戦の勝利の10日後、1942年4月18日のドーリットル空襲を理由に太平洋に向かった(MI作戦、MO作戦)。
山本五十六の真珠湾、太平洋への思いを優先するように。
太平洋の範囲の広げ過ぎからくる悪循環を考えたら、インド洋重視の方が成功の可能性、連合国の反撃もマシだったような。
真珠湾はやってしまってもスエズ運河占領の強味で連合国に対して停戦調停もやりやすかったと思うんだが。
まあ、たられば、だ。
それにドイツはヒトラーが独ソ戦に命を燃やしてしまっている。
打倒共産主義、人種差別を美学とする頭イカれたちょびヒゲが、その後、何したか分からん。
なんせ、同盟組んだ日本を有色人種のくせにイギリスを制圧した(マレー作戦)と嘆いたとか。
マレー沖海戦も日本が勝ったら
インド洋は白人であるイギリスが支配すべき、と言ったとか。
当たり前過ぎるが
イギリスは敵で、日本は同盟国。
一国の総統の器じゃない、人種差別で頭イカれたちょびヒゲのおっさんだ。
要はヒトラーは生理的に白人優位じゃないとダメなんだろ。
ヒトラーは軍人というより画家を目指しただけあり美学でモノを考える芸術家気質なんだな。
第一次世界大戦の経験が、ベルサイユ条約の過酷さと屈辱が、ヒトラーの芸術家気質を人種差別、共産主義憎悪、ユダヤ人迫害という方向で炸裂させたんなら
と、奴なら、日本が挟撃で勝たせても後々、原爆乱用したろうな。マッカーサーみたいなウェストポイント首席でも我慢出来なくなったんだから。
真珠湾病の山本五十六も差別思想のヒトラーも偏執狂という熱病に侵され国力以上の誇大妄想に取り憑かれた。
太平洋もソ連の侵攻も補給はもちろん、その土地の持つ環境の恐さを考えない範囲広げ過ぎなの一緒だ。
インド洋作戦の中断により、後、マニラでマンゴーの木で絞首刑にされた山下奉文とエル・アラメインの戦いで敗戦し、後、ヒトラー暗殺計画の嫌疑で自殺させられたロンメルは痛ましい。